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2020.07.21 更新

保戸野小との練習試合

どーも 団長の佐藤勇一です‥№16

『保戸野小と練習試合』
「もしもし、川添小のサッカー部ですが、どうか試合をしてもらえないでしょうか・・」、昭和49年の春のことです。よりによって、保戸野小へ試合をお願いする電話をかけたのです。当時の小学校のサッカーというば、明徳小と保戸野小が二強の時代でした。チームができて二年目の田舎でできたチームなんか知るわけがありません。「えっ、どこのチームといいました」、「カワゾだっしー」、「どこの県ですか」・・「なんとか試合してけねべしか」と保戸野小監督・及川先生に頼み込んでようやく実現したのでした。
裏話をすると、明徳小の試合の申込みをしたら見事にお断りをされて、保戸野小にお願いの電話をしたのでした。

ところが試合の日取りは決まったものの、ユニホームがありません。お金もないし、どうするか悩んだ末に行き付いたのは、小学校の体育着を使うことにしたのです。緑の体育着に背番号はキャラコにマジックで手書きという、今思うと手作りの良さがでていたかなぁ・・とも思えます。さらに困ったことは、お揃いのストッキングがなかったのです。これは私のポケットマネーで赤色ものを用意した記憶があります。

いよいよ試合当日となりました。土曜日の午後からの試合で、前日の雨で滑りやすいグランドコンディションでした。保戸野小に着いてびっくりしたことは、部員の多いこと、体の大きい選手がいること、それにかっこいいユニホームを着ているなぁ・・ということでした。練習を見ていると、みんなキックが飛ぶなぁ、すごいなぁと感心することばかりでした。

川添にとっては、初めての練習試合が名門の保戸野小。試合が始まる頃には、保戸野小の父母のみなさんもたくさん観戦に来ていました。子供たちのサッカーに思い入れが深いんだなぁと思ったものです。二桁のスコアーを覚悟をしていたものの、試合内容は時々攻める場面もあって初戦としてはなかなかなものでした。ですが、スコアーは0-7と終わってみればやはり大敗でした。そうそう、もう一つ忘れてはならないことは、保戸野小の選手は、全員スパイクを履いていて羨ましく思いました。

不思議なことに、大敗の悔しさはありませんでした。これからどのようにしてこの7点差を埋めていくのか、ということだけが頭をよぎりました。そのように考えると、練習の方法、指導者の考え方など改革しなければならないことばかりが思い浮かんできました。

そうしていると、急遽、全県少年サッカー大会に出場の案内が届いたのです。おそらくこの当時、保戸野小監督の及川先生が県小学生サッカーの責任者になっていたので、そのおかげで出場できたと思っています。

川添にとって初めての公式戦となった秋田県少年サッカー大会は、八橋球技場で開催されました。まだ、ユニホームは用意できていなかったので、体育着のままでの出場となりました。でも、スパイクは全部の選手が履いていました。トーナメント一回戦で仁賀保の平沢小との対戦となりました。当時の小学校のサッカー強豪地域は、秋田市と由利本荘地区でした。由利本荘地区には、前郷、鮎川、新山、平沢などの強豪チームが多くあり、その中の平沢小との対戦も前評判は圧倒されるだろう、というものでした。終わってみる0-1の惜敗で内容も悪くはありませんでした。こんなにも短期間に子供たちの成長できることを実感しました。それも最強チームの保戸野小と試合をできたことがすべてであったことは言うまでもありません。